KIOI ROSE WEEKの会期中、東京ガーデンテラス紀尾井町のエントランスに、バラとバルーンによる、高さ約21メートルの圧巻のインスタレーションが登場。作品を手がけたのは、花や植物をテーマに創作するクリエイティブスタジオ〈edenworks〉率いる篠崎恵美さんと、バルーンを使って独創的な世界を生み出す細貝里枝さんと河田孝志さんによるアーティストユニット〈Daisy Balloon〉。世界で活躍する2組のアーティストに、創作の秘話を聞きました。
共に過ごした時間から生まれた“Embrace”
――2組がコラボレーションした作品は、2000本の紙でつくられたバラの花と、2000個のバルーンが共演する壮大なインスタレーションです。作品のアイデアをお聞かせください。
篠崎:花は、植物が生きる上での一時的なプレゼント。種から根が出て、芽、茎や葉ができる。そして、成長して蕾ができて、花を咲かせます。人生にたとえると、成人になり華になるイメージです。その後、花は散ってしまうけれど、根は育ち、翌年にまた花を咲かせます。根と花はひとつの生命体なのに、根は地中に向かって伸び、花は太陽に向かって咲く。そのように別の方向に進む2つの存在が出会うような瞬間を今回のインスタレーションで表現できないかと考えたんです。
――作品のアイデアをどのように3人で共有していったのでしょうか。
篠崎:アイデアを共有するにあたって、神奈川県にあるDaisy Balloonさんのアトリエに泊まり込んで、共に同じ時間を過ごしたのは本当に素敵な体験でした。
細貝:30時間くらいを一緒に過ごしたのですが、いわゆる「会議」とか「打ち合わせ」というかたちではなく、一緒にごはんを食べて、一緒に散歩して。「こういうのがいい、ああいうのがいい」と、いろんな話をして、たくさんコミュニケーションをとっていったんです。
河田:その時はまだ私たちのなかでは、実際に制作することになる作品とは逆のビジュアルのイメージを持っていたんですよね。バラ(花)とバルーン(根)が少し反対の方向を向いているような。
篠崎:それで、次の日の朝、鳥のさえずりを聞きながら朝ごはんを食べて、まだ話し合いを続けていたのですが…もう帰らなないといけない時間になってしまって、別れ際に細貝さんに「本当にありがとう」って、ハグしたんです。本当にありがたい時間を過ごさせてもらって、感謝の想いでいっぱいになって。そうしたら、それを見た河田さんが「ああ、これだ!」って言ったんですよね。
河田:そう、「抱き合わせる」ということ。一見反対の方向を向いている異なるもの同士が、生命に対してどう向き合っていくのか、どうコミュニケーションしていくのかと考えた時に、2人のハグした姿を見て「これしかない」と思いました。篠崎さんと過ごすなかで、作品とは関係のない会話をしていても、実はそれがコンセプトの核にたどり着く原点になって、そこに繋がったことに3人ともすごく驚きましたね。
篠崎:そこから、作品のタイトルは、抱き合うという意味を持つ「Embrace:植物は根から生まれる」と名付けることにしたんです。今回のインスタレーションでは、1本のバラの木が生きるなかで咲く花の数を、紙の花で表現しました。今回は、私がこれまでも続けてきた一つひとつ手でつくる紙の花のプロジェクト“PAPER EDEN”を使い、丁寧に制作していきました。それは永遠に枯れない花であると同時に、有限性を感じさせる有機的な彫刻でもあって、サイトスペシフィックな生命を表しています。
河田:そして私たちは、フィルムバルーンという特殊な素材のバルーンを使って1本の根を表現しています。棘を持つバラと、割れてしまうというイメージを持つバルーンという一見対照的な存在が、どのように交差し共存することができるかを探求しました。
――フィルムバルーンにはどんな特徴がありますか?
細貝:今回使うのは「積層偏光フィルム」といって、1年以上かけてバルーンメーカーさんと共同開発をしたオリジナルのバルーンを使っているんです。光が当たるとバルーンの生地が光を様々な方向に反射させる特徴を持っていて、そこには人間の目では捉えられない光も発せられていて、写真にしか写らない光があるんですよ。
アイデアはいつも自然のなかにある
――いつも植物に触れている篠崎さんにとって、バラという花はどのような存在ですか?
篠崎:個人的にもすごく好きな花なのですが、バラは棘があるため、いつも花屋を苦しませる花でもあります。仕入れをした後に、お客様が怪我をしないように棘を全部取り除く作業はとても大変で。でもそこに、愛の象徴であるバラがあわせ持つ、大変さや痛みという二面性を感じるのが魅力でもある。そのことは、「赤坂プリンス クラシックハウス」のように歴史を持つ建物と現代的な高層ビルが同居する、紀尾井町の町にも繋がる要素でもあると感じています。
――Daisy Balloonさんがバルーンを使って制作を始めたきっかけと、バルーンの魅力を教えてください。
細貝:もともと私も花がすごく好きで、花屋さんで働いていた時期があるんです。そこにバルーン部門というのがあって、バルーンに触れたことがきっかけでした。バルーンは、膨らませた瞬間から少しずつ空気が抜けていくものです。そのことを実感すると、「お花と似ているな」と思います。バルーンに空気を入れることがまるでお花に命を吹き込むような感覚になって、そのように想像を掻き立ててくれるのがバルーンの魅力。また私は、頭のなかで想像したものを眼前につくり出せる立体物としてバルーンを捉えているのですが、その可視化されたものによって、見る方が作品とコミュニケーションできるのが素敵ですね。
河田:表現において、私たちはファンタジーの世界観をとても大切にしているのですが、バルーンには、非現実と現実を行き来するように多様な視点を持って見てもらうことができる力があると思います。バルーンというと、「ふわっと浮いているもの」という印象を持っていることが多いと思うのですが、実は重量のある素材でもあるんですよね。ですから、概念を崩すような表現をした時に、見る人にとっても、つくり手の私たちにとっても、ハッとするような気づきがある。これまでバルーンとたくさん関わってきましたが、まだまだ表現の可能性が広がっていることにわくわくします。
――普段、制作における着想源や、大切にしていることを教えてください。
篠崎:制作の着想源はいつも自然のなかにあるのですが、例えばこのあいだ、カリフォルニアで「スーパーブルーム」という自然現象を見たことは、すごく大きな経験でした。十分な雨が降った次の年にだけ見られる現象で、地中に眠っている種が実はずっと根を成長させ続けていて、春になると一気に開花するんです。通常、カリフォルニアは雨が多くないのでゴツゴツとした岩山が多く存在しているのですが、植物にとっては、日中は日差しが当たり、夜には霜が降りて湿気が出て水をもらえるという、好条件の土地なんですよね。スーパーブルームという、人間がつくり出したものではない花畑のような光景が目の前に広がっているのを見たことは衝撃でした。そのような自然の力に触れると、本当に、「自然に勝るものはない」と感じますね。だから、制作においてはゴージャスなものをつくりたいというよりも、作品を通して自然の生命力の素晴らしさを皆さんに伝えることができたらと思っています。
細貝:私たちも同様に、自然のなかにある形、質感、空気感というものを感じながら制作することがほとんどです。空の色、雲の形。花の色、葉っぱの並び方…散歩をしたり、家の窓から見える風景だったり、ふとした日常の自然にインスピレーションがありますね。
河田:かつては、「バルーンで表現することとは何か?」という問いに対して論理的に言語化しなければいけない、と突き詰めた時期もあったのですが、今は、好き/嫌いという問題ではなく、「私たちは自然や宇宙の中にある」ということに思いを馳せることが多くなりました。今の自分たちが生かされている環境を受け入れ、いかに自然を自然として自然に見ることができるのか、と。年齢を重ねるなかで考え方が変化してきたのだとも思いますが、自然にはいつも、小さな世界観と大きな世界観がどこかで繋がっていることを教えてもらっているように感じます。
――最後に、作品「Embrace:植物は根から生まれる」の見どころを教えてください。
河田:長さ70cmほどのバルーンを2000個ほど使っていて、目を凝らさないとわからないのですが、実は根の先端にかけてバルーンの形状を変化させています。その集合体が1本の根となって、根の部分の高さは約17メートルほどに。普段は目に見えない地中に生きる根が、地上に現れています。そして、その根がバラと出会う部分はより繊細に表現しています。天候や時間の流れによって、バルーンから放たれる様々な光の模様。日々の表情の変化に出会い感じていただけましたら幸いです。
篠崎:この作品を通して、植物の奥深さと花の尊さを知るきっかけになってくれたら嬉しいです。そして、バルーンの概念が本当に覆されると思うので、ぜひ実際に見ていただきたいです。
篠崎恵美が主宰する花や植物を扱うクリエイティブスタジオ。「花を棄てずに未来に繋げる」を理念に掲げ、独自の感性で花の可能性を引き出し、花のロスを最大限に無くすデザイン、クリエイションをする。週末限定のフラワーショップ「edenworks bedroom」をはじめ植物に関する様々なショップを展開。アーティストとしても国内外で活動中。
バルーンアーティストの細貝里枝と、アートディレクター・グラフィック
デザイナーの河田孝志からなるアーティストユニット。2008年の結成以来、バルーンで構成された作品を多数発表。中国3都市5カ所に位置する複合商業施設LUMINAにて、5作品で構成されたインスタレーション「Walking on Airー集積」(2023-24)も話題に。